1.乾邸について


b 乾邸の設計者 − 渡邊節のプロフィール −
渡邊節
明治17(1884)年11月3日、東京生まれ。
天長節(天皇誕生日)の日に生まれたのが名前の由来。
明治37(1904)年、東京帝国大学工科大学へ入学。建築学科に学ぶ。
卒業後、韓国政府度支部に入り、釜山税関庁舎を設計。
その後、内地の鉄道院に移り、弱冠28歳で京都駅改築を設計監督。
大正3年に結婚した後は、神戸・御影に居を構え、その後晩年まで御影の東の住吉で 過ごした。
二代目乾新兵衛とは住居が近く、ゴルフ仲間でもあった。
大正5(1916)年、わずか10年足らずの役人を辞め、大阪で建築事務所を開業した。
ここで村野藤吾(代表作・京都ホテル)らを育て上げた。
昭和10年、神戸・住吉川の西に、乾邸竣工。
戦後は大阪府建築士会会長を務めるなど、関西の建築界に大きく貢献した。
昭和42(1967)年、死去。享年83歳であった。

主な作品
神戸海洋気象台(大正9年)
大阪商船神戸支店(大正11年)
日本興業銀行本店(大正12年)
大阪ビルヂング(大正14年)
大阪ビルヂング東京分館1号館(昭和2年)
日本勧業銀行本店(昭和4年)
大阪ビルヂング東京分館2号館(昭和4年)
日本綿業会館(昭和6年)
広野ゴルフ倶楽部クラブハウス(昭和7年)
自泉会館(昭和7年)
神戸取引所(昭和9年)
神戸瓦斯株式会社(昭和13年)
広野ゴルフ倶楽部クラブハウス改築(昭和32年)
茨木カントリー倶楽部(昭和38年)



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「乾邸」設計者 渡邊節